伊東深水の日本画を買取いたします。

伊東深水の日本画を買取いたします。
2020年1月8日

いちのやでは、伊東深水の日本画を高価買取いたします。

本日は、常に新しい画風へ挑戦し続けた日本画家『伊東深水』をご紹介いたします。

■伊東深水について

1898年に東京で生まれた伊東深水は、13歳の時に日本画家の鏑木清方の門人となり、生地深川の「深」と鏑木清方の清から偏の「水」をとって『深水』という号を貰いました。1912年『のどか』という作品が巽画会展が初入選し、院展や文展に入選するなど、権威ある展覧会へ出品し10代の頃から活躍していました。
大正中ごろには川瀬巴水、吉田博らと共に伝統的技法による新版画運動に参加し、当時衰退していた浮世絵を再度盛り上げようと力を注ぎました。1922年には平和記念東京博覧会で二等銀牌を受賞。1927年には、大井町に深水画塾を設立して、後進の教育にも貢献しました。
1948年に『鏡』という作品で日本芸術院賞を受賞し、日本画壇における地位を確固たるものにします。

10代の頃より才能を評価された伊東深水ですが、幼い時は大変な苦労を経験しており、父の事業が失敗したことで、小学校三年時に中退しなければならない程、生活は困窮していました。日中は働き、夜間学校で苦学しながらも、夜に絵を勉強するという生活を送っていました。その後、日本画家・中山秋湖に日本画を習い、速水御舟の『小春』に感銘受けたことをきっかけに、日本画家として生きていくことを決意します。

大正、昭和に活躍した浮世絵師・日本画家である伊東深水は、江戸浮世絵の伝統を受け継ぎ、高い描写力で柔らかな表現の美人画の作品を多数残しています。
美人画といえば深水と表現される程、不動の地位を確立した伊東深水は、その人気の高さから、戦後、多くの作品が複製版画として販売されました。
伊東深水が美人画を描く様になった理由は、女性の美は時代が過ぎても飽きることがなく、いつまでも描き続けたいと願ったとされています。また主に美人画のモデルをつとめたのは妻の好子ですが、娘である女優の浅丘雪路をモデルにした作品もございます。
伊東深水の作品のなかで人気の作品が雪中の「傘美人」で、上村松園が描いた「傘美人」にも影響を受けたといわれており、記念切手のデザインにも起用されました。
伊東深水が描いた美人画は、そのあまりの人気のため、美人画以外を題材に描きたくてもそれ以外の注文が来ず、画家として困惑する時期もありましたが、晩年に「日月社」を結成するなど、後進の育成に尽力しました。
戦後は、風景画など美人画以外の題材も多く手掛け、現在では、東京国立近代美術館などをはじめ、多くの美術館に所蔵されています。

■伊東深水の査定について

いちのやでは、美人画の世界で日本近代美術史に大きな功績を残した伊東深水の作品の買取を行っております。
伊東深水の作品は肉筆作品の他、木版画やリトグラフ、シルクスクリーン、デッサンなどもあり、いちのやでは、版画作品も買取対象となっております。また、美人画以外にも風景画なども買取対象となっております。

伊東深水の査定は、「状態」「作品名」「作品の技法」「額装や掛け軸等の表装」等によって買取額が決定いたします。 作品の技法が分からない場合でも査定員がしっかりと確認し、査定いたしますのでお気軽ご連絡下さい。 肉筆の日本画作品の場合は、東京美術倶楽部鑑定委員会の鑑定書がございますと買取価格が上がりますので、もし作品に付属している場合は、その旨をお問い合わせページかお電話にてお伝え下さい。

伊東深水の作品は描かれているモチーフによって、買取額が変わりますので、お問い合わせフォームにて買取ご依頼の際は、作品の写真と作品のサイズなどの情報を教えていただけますと、スムーズな査定が可能です。

■伊東深水の作品一例

「湯氣」「早春の宵」「傘美人」「湯の香」「洗髪」「涼」「志賀高原春日」「雪」「南方風景」「ハワイ所見ホノルル」「ジャカルタの女」「ゆく秋」

【伊東深水の日本画の買取について】

伊東深水の日本画の買取をご希望の際には、お電話(0120-274-888)もしくウェブサイトのお問い合わせフォームよりご相談下さい。いちのやでは、伊東深水の日本画の他、西洋美術品や骨董品、絵画などの買取のご相談も大歓迎です。
伊東深水の日本画のご売却をお考えでしたら、是非いちのやにお任せください。

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